〜プロローグ〜

いま僕は鹿児島の港にいる。沖縄に渡るためだ。
事前の下調べでは出航は6時ごろで、2時半の現時点では流石に客はいない。
そんなことには構いもせず、乗船券を購入しようと窓口のお姉さんに声をかけた。
「エスポ…むぐっ、沖縄行き往復1枚お願いします」
「…?2等で良かったですか?」
「う〜ん」

客室には等級があり、下から2等、2等寝台、1等、特等、となっている。
たいてい2等は共同、2等寝台は4人相部屋、1等はツインベッド、特等はシャワールーム付きだ。

さてどうする?荷物を盗まれる可能性もあるし、折角の沖縄だし、やっぱりここは…
「1等をお願いします!」
ふっ、決まった。僕はいま店員に、『きっと小金持ち』だと思われてるに違いない。
ううむ、気分が良いぞ!にやにや。

「あの〜」
「えっ?」
店員の言葉で我に返った。
「1等は埋まっていて、空きが無いんですよ」
「えっ?あっ、じゃあ2等寝台でお願いします」
「お帰りの日にちは決まっておりますか?」
「いえ…」
「では復路は2等で購入していただく事になりますが、よろしいですか?」
「はあ…」
なんてこった、サングラスまでかけてクールに決めていたのに…。
見事に『素』を引き出されてしまった、店員恐るべし。

代金を支払ったついでに、店員に駐車場について聞いてみる。
「あの、車ってどこに止めておけば良いんですか?」
「駐車場の受付はあちらになっております」

店員に指された場所に行くが、誰もいない。
途方にくれて、辺りをキョロキョロ見回していると、売店のオバチャンが声をかけてきた。
「なんか用でもあるの?」
僕は、あなたには無い、といった素振りを見せつつ返事をした。
「いや、駐車場…」
「何日置いておくの?」
僕の返事を遮って、再び質問をしてきた。
「一週間くらい…」
「そう、じゃあ駐車場を案内するから。いま車はどこ?」
「えっ?いや、すぐそこ…」
「案内しなさい」

車に着き鍵を開けると、オバチャンが助手席に乗り込んできた。
「ハッハッハ、ちょっとあんた汚いわね〜」
そう言うが早いか、助手席にあったものをポイポイッと後部座席に投げはじめる。
ペットボトルやらなにやら、オバチャンがゴミだと判別したものは次々とビニール袋に入ってゆく。
(えっ?そのビニール袋の束はゴミ入れのストックだから…、捨てないで!)

「あら〜、このウエイト5キロくらいあるでしょ〜」
ふとアンクルウエイトを発見したオバチャンは、僕に声をかける。
「え?重さはわかりませんけど2キロも無いと思いますよ」
「オバチャン、2キロのダンベル持っているんだけどね〜、こっちの方が重いわよ〜」
「そ、そうですか…」
*後日確認したら、750グラムしかありませんでした。

助手席がすっかり片付くと、オバチャンはおもむろにナビを始めた。
「ここ入りにくいのよね〜」

無事駐車場に(目と鼻の先だったが)着くと、オバチャンは歩いて帰ろうとする。
ぼくは立ち去ろうとするオバチャンを留め、車で送った。
「ありがとね〜、ゴミは捨てておくからね〜」
オバチャンと別れると、ぼくは車を丹念に掃除し始めた。
「持って行きたいなぁ、でも高いからなぁ」

掃除を終えると丁度良い頃合になったので、待合所の方に向かう。

「ざわざわ…ざわ…ざわざわ…」
待合所は乗船を待つ客で溢れていた。
(こいつらっ…!なんでへらへらしてやがるっ…!)

オバチャンに車のキーを預け、乗船の時間をボーっとしながら待っていると、誰かが声をかけて来た。
「食べ物持った?」
やはりオバチャンだった。
「ええ、さっきコンビニで買ってきました」
「カップラーメンあげる、オバチャンのおごりね!」
「いえ、さっきコンビニで…」
「船の中にお湯出るところあるからね、それ使うんだよ!」
オバチャンは強引に僕の持っていた袋にカップめんを詰め込むと、こう言った。
「あ、あとね、ゴミの中に海苔入ってたよ!」
(あんたが勝手にゴミにしたんだろ〜が!)
というか、この状況で海苔を渡されても困るんですが…。

乗船開始の時間になった。
「いってらっしゃい!」
オバチャンの見送りの言葉に、
笑顔で「行ってきます!」と返事をし、船に向かっていった。海苔とカップラーメンを抱えて―。

終わり